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秋田・青森を拠点に活動するシューゲイズバンド『monocycle』の非公認ファンサイトです。

■ この轟音の撃ち抜くもの― monocycle『strawberry EP』

 


OK / monocycle @ 弘前亀HOUSE - YouTube

 

 

■ライブ会場でのみ100円(!)でメンバーの手売りで売られていたシングルCD。全4曲たった15分弱の、突然目の前の景色が一変するような恐るべき衝撃―この突然の雷鳴のように自分を撃ち抜いたものの正体とは一体何だったのか。そして必然的に、それを聴いている自分とは一体何者なのか―繰り返し聴くたびにやって来る半ば脅迫的な《問いかけ》。その《問い》の答えを探して(そんなものがあればだが)ひたすら彼らのCDを聴き続けた。そして何とかその問いかけの答えを言葉にしようと、下手な文章を書き散らかした。このライナーのようなものは、その悪戦苦闘の「とりあえず」の現状報告である―2013年結成。いわゆるオルタナティブ・ロックやシューゲイザー・サウンドの影響を受けた男女ツインボーカル4人組のシューゲイズ・バンド。秋田県大館市を拠点に弘前市秋田市等でライブ活動を展開。2014年3月1st EP発表。マイ・ブラッディ・バレンタインスーパーカー、レディオ・ヘッド等の影響を感じさせる、ノイジーでいてポップな楽曲。手法としては若干使い古された感があるかもしれない。しかし、この手法としてはよくある轟音サウンドが、彼らの手にかかると魔法のように我々を撃ち抜くのだ。「グライダー、グライダー」と繰り返し呟かれる、マイ・ブラッディ・バレンタイン随一の異形サウンドへの前代未聞のオマージュの表明とも取れそうな、淡い音像のシューゲイズ・ポップ『strawberry』。届きそうで届かない、手に入れようとして手に入らない、自己実現表現者としての渇望と、変わらない日常への焦燥感。そして夜のざわめきへの憧憬がバンド一丸となって加速する『circus』。彼らのライブでは常に最終曲を飾る、ギターノイズの轟音で全てを祝福しようとする一大オルタナ大作『ok』。夢のような幼い頃の遠い記憶にある、いつか見た夕暮れのサーカスの原風景のような奇妙な懐かしさ。『ok』の「動」に対してもう一つの彼らの真骨頂である「静」の幅広い表現力。まさにこの振幅があるからこそmonocycleなのだともいうべきノスタルジックなインストの佳曲『pedal』。たった4曲である。しかし、1曲ごとの密度が異常に高いため、たった4曲しかない事実に突然気がついて愕然とするのだ。イノセンスと初期衝動の爆発。オルタナシューゲイザーを消化した才気溢れる楽曲。鮮やかなメロディーセンス。衝撃的なほどrawなイノセンス剥き出しのボーカル。およそ新人バンドの1st EPに必要なものはほぼ出揃っているだろう。現行国産シューゲイザー・シーンとそのリスナーは、このバンドの出現を諸手を挙げて歓迎する筈だ。しかし、このバンドの存在感を決定付けるもの―どこか数多のシューゲイズ・バンドとは表現のパラダイムが何か別のところにあるような気がしてならないのだ。それは、一つには彼らの活動拠点である北東北の地方都市特有の閉塞感にあるのかもしれない。しかし彼らの出した答えは『ok』であった。日常と超現実の爆発的な交錯。その裂け目に現れる生と死の狭間の永遠が見たい―そうだ、我々がいつも求めていたのは、そんな圧倒的な光景を見せてくれる音楽なのだ。それがここにある。全てを祝福する肯定感に溢れたギターノイズの轟音が、私たちの止め処もない日常から祝福としての永遠性への憧憬までをも見事に撃ち抜くのだ。秋田県大館市という、中央からはほとんど意識されることもないマイナーな地方都市の一ローカルバンドでありながら、既に1stシングルに於いて自らの音楽性を凄まじいレベルで昇華させることに成功している。これは一つの事件である。しかし、なぜ彼らにそんな事が可能だったのか?私は彼らの前史を知らない。それどころかメンバーの正確な名前すら知らない。ただ、ポップが普遍性を獲得するとき、そこにどんな化学反応が起きているのか?monocycleを聴いていると改めて考えてしまうのだ。社会的事件のレベルから、ごく個人的な体験としての(しかし、自分の存在自体を危険なほど揺さぶる極めて重大な)音楽体験まで―。その存在自体が巨大な《問いかけ》であること。音の向こうの見知らぬ誰かを、のっぴきならない《他者》として認識すること。そこに、常にそういった《自己への問いかけ》が存在するのだと思うのだ。そのときそこに、人生一発逆転的な所詮素人の表現である一発芸としてのロックが、リアルな存在として聴き手の前に立ち現れてくるのだと思うのだ。 monocycleというバンドもそういった《問いかけ》そのものであり、(少なくても自分にとっては)そこに、確かにオルタナシューゲイザーも超えた、「同時代のバンド」としての圧倒的なリアリティを感じるのだ。とにかく、幸運にもこのCDを手に取った、音楽的向上心に燃えるリスナーであろう、(そしておそらくその人生の前半生で相当奇妙な音楽体験をしてきたであろう)あなたに、このCDを楽しんでくれることを心から願わずにはいられない。出来れば可能な限りの爆音で。

よく晴れた北東北の空の下、彼らの音楽を爆音で聴くのはとにかく最高なのだ。

 

 

2014年12月